ヘッジファンドの投機行動を巡って、ASEAN諸国とアメリカが対立する

アジア通貨危機の後、マレーシア政府はヘッジファンド集団からの攻勢をかわすため、一種の鎖国政策(国外への資本流出規制や為替の変動相場制廃止など)に転じたが、一方で経済政策をめぐる対立から、マハティール首相がアンワル副首相兼蔵相を解任し逮捕するという政争劇に発展した。だが、この一連の抗争の過程でもソロス氏が登場し、ある種の役割を果していたことは第一章で紹介した通りである。

マハティール首相によると、アジアの通貨は「脆弱な国々を滅ぼそうとするごろつき投機筋」の手によって苦しめられてきた。もちろん、同首相の言う最大の悪人とはソロス氏に他ならない。マレーシアは自国通貨を防衛するため、国家予算の四年分にあたる二〇〇〇億リンギを介入資金として投入した。これでは、マハティール首相としても黙ってはいられなかったと思われる。ASEAN各国の指導者たちも、「経済の基盤は悪くないのに通貨が売られるのは投機筋の仕業」と追随する姿勢を明らかにした。特に、最初のターゲットになったタイのプラチュアプ外相は「国際的経済犯罪」という厳しい言葉を使って、ソロス氏らヘッジファンドを批判するほどであった。

このようなアジア側の動きに対して、アメリカのバーンズ国務省報道官は「ソロス氏は立派な活動をしている」と反論し、オルブライト国務長官も自ら「アジア通貨が売られるのは、経済運営に問題があるからだ」と全面的なソロス擁護論を展開した。いわば、ソロス氏らヘッジファンドの投機行動を巡って、ASEAN諸国とアメリカが対立するという前代未聞の事態が生まれたのである。

マスコミの問い合わせが殺到したため、ソロス氏自身が英『フィナンシャル・タイムズ』二九九七年七月二十九日)紙上で「確かに六月十六日、一〇〇〇万パーツを売ったが、過去二ヵ月間に、マレーシアなど他のアジア通貨を売ったおぼえはない」と説明。加えて、「マハティール氏は自分の政策の失敗を覆い隠すために、私をスケープゴートにしている。マハティール氏こそ、マレーシアにとって危険人物だ」と発言した。

こうなると、マハティール首相も収まらない。「ソロス氏ら外国の金持ちは東南アジアの貧しい人々を支配しようとしている。ASEANの経済が巨大な資金と技術を持つ外貨に支配される危険がある。ソロス氏が(アジア通貨危機を)仕掛けた証拠を握っている。必要な法的措置を取る」とまで言明。

とはいうものの、同首相はその証拠が何であるかは明らかにしていない。「われわれはマレーシアの経済をよくするために汗を流してきた。ところが投機によって、通貨が一夜にして二〇パーセントも切り下げられた。われわれは二〇パーセントの購買力を失ってしまった。これでは、貧しい者はますます貧しく、富める者はますます富むだけだ」とソロス氏批判をエスカレートさせるのみ。ただ、『アジア・ウォール・ストリート・ジャーナル』紙(一九九七年九月十九日)によれば、アメリカ国内でソロス氏の投機手法や麻薬合法化活動等に反対するグループがマハティール首相に入れ知恵をしていたようである。