「マネーゲームは心理学」

本人も時おり洩らしているように、ソロス氏が最も得意とするのは、このような「ウワサを使った人心(市場)操作」である。マネーゲームは彼らにとって、経済学であるとともに心理学でもあるのだ。

例えば、一九九三年三月、ソロス氏は「入手したばかりの内部情報によれば、中国は国内経済の好調を理由に、大量の金を海外から購入することにしたらしい。よって、金の値段が間もなく急騰するだろう」とのウワサを、個人投資家向けの情報紙を通じて市場に流した。このウワサを信じた投資家が一斉に金を買い求めたため、四ヵ月で金の価格は二〇パーセントも跳ね上がった。その頃合を見極め、ソロス氏とその仲間の投機家集団は密かにそれまで保有していた金を売りさばき、巨額の利益を確保したという次第である。

また、一九九三年六月には、ソロス氏は「ドイツ・マルクは急落する」との論文をロンドンの『ザ・タイムズ』紙に発表した。その趣旨は、統一ドイツにとって旧東独が重荷になる、という内容であったが、言葉の端々に統一ドイツがナチスードイツに変身することへの危惧を感じさせるものであった。

センセーショナルな題名も含め、極めて政治的な意味あいの強い論文だった。それでも、ソロス氏の名前が出ただけで、たちまちにして、マルクを売ってフランスの国債に買い換える投資家が続出したのである。それによってソロス氏とそのグループがどれはどのものを得たか、想像するに難くない。

最近でも、一九九八年十月に市場に流れたウワサによって、一九七三年の変動相場制移行以来最大のドルのパニック売りが発生した。そのウワサとは、「膨大なドルを抱えたヘッジファンドがドルの大量放出のタイミングを待っている」という、いかにもありそうなもの。

当時、ニューヨークのダウ平均株価は最高値の九〇〇〇ドル台を割った直後で、何とはなしに不安が市場を覆っていた。ここ数年、バブル崩壊の後遺症に悩む日本や冷戦終結東西ドイツ統一)による旧東欧地域復興に足を引っぱられたヨーロッパを尻目に、世界経済はアメリカ独り勝ちの時代が続いていた。ニューヨーク株価も上昇の一途を辿り、ダウ平均株価はついに九〇〇〇ドルをオーバー、一部には一万ドル説すら出たことがあった。