現代のロビン・フッド

いわば世界のマネーがアメリカに音たてて流れ、それを背景に一ドル=一三〇円台後半の円安ドル高基調が続いていたのだが、その一方で、日欧の実力に比べてアメリカの株価は実態以上に高くなっていると危惧する声もあったのである。ある時点からはかつてアメリ力や日本が経験したバブルの再来にすぎない。やがて必ず暴落する日がやってくる」という声は、日ましに強くなっていった。人々はこれを「高所恐怖症」と呼んだ。

そこに「ドル大量放出」のウワサが流れたのである。それは市場に漂っていた不安感に火をつけるには充分な、しかも単なるウワサであった(そのウワサの発信源は、一部に破綻説も出たヘッジファンドであることが後に確認された)。市場では過剰反応といえるほど、異常な円高ドル安となった。数日のうちに、円は一ドル=二二〇円台から一気に一一〇円台まで上がったのである。急激な円高で、大きな損失を被ったファンドもあるが、その逆に、大幅な利益を確保したヘッジファンドもあった。このように大儲けと大損が背中合わせの世界がヘッジファンドである。

これまでも、ソロス氏は同様の手口を使って、アジアや中南米の新興マーケットで大きな利益を得てきた。要は、「あのソロス氏なら、われわれの知らない極秘情報を持っているはずだから、同じようにしていれば、必ず儲かるはずだ」と、一般の投資家に信じ込ませてしまったのである。まさに、「市場心理学の達人」といえよう。

ソロス氏の投資判断のおこぼれにありつこうとする人々を対象にした、いわゆる「ソロス情報」といった専門紙もあるほどだ。そうでなくとも、彼の発言や原稿は、世界中のメディアがこぞって掲載してくれる。その上うな影響力を、「現代のロビン・フッド」が活用しないわけがない。

要するに、どのタイミングで、どのようなウワサを流せば、どのように市場が反応するかを、ソロス氏ならずとも、投機筋は常に思い描いているのである。その先読みに最も高い確率で成功しているのが、ソロス氏といわれている。「ヘッジファンドとは未来を見据えた情報戦ゲームである」これが、ソロス氏の基本哲学なのだ。

この市場心理学を武器に持つ「現代のロビン・フッド」が新たに進出しだのが、市場経済への移行を目指すロシアや東欧諸国であった。何しろ、これらの旧社会主義諸国では、ウワサ戦略に対する免疫力がゼロである。これほど扱い易い相手はいない。

さっそく、ソロス氏は「資本主義の金持ちからお金を集め、上手に市場で運用し、その利益を旧社会主義の国々に分け与えてくれる英雄」という、理想のロビン・フッド役を見事に演じ始めた。その手段となっているのが、ソロス氏に関するウワサの発信基地ともなっている慈善団体「オープン・ソサエティ」財団なのである。