二十世紀文明に対する反省

一九九〇年八月のことですが、ローマ法王ヨハネパウロー世から一通のお手紙をいただきました。一九九一年が、有名な回勅「レールムーノヴァルムレRerum Novarum」が出されて百周年に当たるので、新しい「レールムーノヴァルム」を出すことになった。その準備作業に協力してほしいという内容でした。

回勅というのは、ローマ法工が重要なことがらについて、ローマ教会の正式の考え方を全世界の司教に通達する文書のことです。一八九一年五月、ときの法エレオ十三世が出された回勅は、レールムーノヅアルムとよばれて、ローマ教会の歴史的な文書となっています。「レールムーノヴァルムーはラテン語で、「新しいこと」という意味で、革命」と訳されたりすることがあります。「レールムーノヴァルム」は、十九世紀の最後の一〇年に入ろうとするとき、世界の先進工業諸国がいずれも、深刻な社会的、経済的、政治的問題をかかえていることを指摘し、新しい二一世紀に向かってもっと良い世界をつくるための心構えを示したものです。

レオ十三世は、「レールム・ノヴァルム」のなかで、当時の状況を「資本主義の弊害と社会主義の幻想」という言葉で表現されました。資本主義という制度のもとで、ごく少数の資本家階級が、富の大部分を私有して、労働者をはじめとして。般人衆は搾取され、貧困に苦しんでいることを指摘されたわけです。

しかし、多くの人々は、社会主義に移行することによって、貧困と社会的不公正の問題は解決されると思っているが、それはたんなる幻想にすぎないということを、レオ七二世はつよく警告されました。社会主義のもとでは、人々の自山は失われ、市民の基本的権利は無視されると考えられたのです。「レールムーノヅアルム」は、ヨーロッパ、アメリカの国々に大きな影響を与え、協同精神を唱えて、新しい労働運動もはじまりました。

ヨハネパウロー世からのお手紙に対して、私は躊躇することなく、「社会主義の弊害と資本主義の幻想」こそ、新しい「レールムーノヴァルム」の載題にふさわしいというお返事をさし上げました。そして、二一世紀への展望を考えるとき、地球温暖化は人類が直面している最大の問題で、それは、資本主義とか社会主義という、経済学のこれまでの考え方では解決できないことを強調しました。そして、社会的共通資本の問題をもっと大切に考えて、一人一人の人間が人間的尊厳を守り、市民的自由を最大限に発揮できるような安定的な社会を求めて、私たちは協力しなければならないと申し上げたわけです。

ヨハネ・パウロニ世は、私の提案を大へんよろこばれ、直接お目にかかって、ご進講する機会をもつこともできました。ヨハネパウロニ世は、地球温暖化についても大へん心を悩まされ、大気安定化国際基金の構想に対しても、つよい関心を示されました。二つの「レールムーノヴァルム」で提起された問題は、地球温暖化を考えるさいに、大へん重要ですので、この点についてもう少し掘り下げて考えてみたいと思います。そのために、これまで何気なく使ってきた資本主義、社会主義という言葉についてくわしく説明しなければなりません。何とかわかりやすく説明したいと思いますが、しばらく無味乾燥な文章がつづくことをお許し下さい。