比較優位のオンパレード

勉強の努力シロを小さくするうえでは、スポーツの成績とか、課外活動とかの勉強時間を削らないとできない活動実績を加点要素にするのもいい。とにかく東大が変わることが、これからの時代の日本の教育のあり方を変え、競争力を高め(現実にはこれ以上の弱体化を食い止め)、生産性を高め(これまた現実にはこれ以上の低下を食い止め)、これ以上の若年層所得の低下と格差拡大を食い止めるうえで、大きな方向転換のトリガーとなりうるのである。

高齢医療、福祉、介護の分野にイノベーションーここまでは、上の世代の影響を最小限に抑えつつ、若い世代が活躍できる場をつくるための提言をまとめてきた。団塊の世代の既得権に切り込み、第二章で社会保障の抜本改革、第三章で解雇規制と若年層への所得移転、格差問題と教育改革について、持論を述べてきた。この章では、今後の日本の成長戦略についてまとめたい。若い世代が明日に向かって力強く歩みを進めるには、彼ら彼女らが自由に活動できる新しい舞台と経済成長が欠かせないからだ。二〇〇八年九月のリーマンショック、二〇一一年三月の東日本大震災、七月に始まった超円高、一〇月のタイの洪水、そして現在まで尾を引き、まだ予断を許さないギリシャショックと欧州債務危機。日本経済を取り巻く環境は依然として厳しい。だが、そうした中にも、日本経済が新たなステージに向かうための道筋が、いくつか見えてきた。

経済成長を牽引するのは、いつの時代も新しい産業だ。そして、いまの日本には、経済社会学的、地政学的に競争優位な領域がいくつかある。一つは、間違いなく、日本が世界に先駆けて突入する超高齢社会に関連する領域だ。高齢医療、福祉、介護が社会に大きな負担となってのしかかってきたときに、どうすれば少ないコストで高いクオリティのサービスを維持できるのか。それは、社会保障制度や福祉を含めたシステムの問題であると同時に、医療サービス、技術、ITに関わる産業の問題でもある。超高齢社会というのは、日本の未来に暗い影を投げかけるマイナス要因でもあるのだが、それを逆手にとれば、世界で最も高齢化が進んだ国として、いち早く対策を打つことで、最新技術やノウハウを蓄積できるはずだ。

必要は発明の母なので、最も差し迫った日本がこの分野でイノベーションを生み出す可能性が高い。そして、世界の先進国は、さらには中国などの新興国も、これから間違いなく日本のあとを追って、高齢社会・超高齢社会へと突き進むだろう。一〇年後、二〇年後、五〇年後の一大市場に向けて、日本が自ら実験場となることで、「何か」が生まれる。「何か」というのは、いまはまだはっきりしない。はっきりしているのは、「何か」を生み出すためには、さまざまなアイデアを試せる場が必要だということだけだ。ならば、その「何か」が生まれそうな領域については、思い切り規制緩和をして、自由競争に委ねるのがいちばんだ。

しかしながら、いまの日本の医療分野、介護分野は規制だらけで、日本の企業が自国で新製品開発をしようとしても、まともに「何か」の実用実験すらできない状況だ。日本得意のすり合わせ技術の世界なのに。医療機器や医療に関するITシステムの世界は、エレクトロニクス、メカトロニクス、材料技術、IT技術、そして医療技術が融合した、典型的な「すり合わせ技術」の世界である。本来、日本企業が最も得意とする分野だ。加えて性能や信頼性が圧倒的に重要な産業用精密機械分野であり、新興国との価格競争に巻き込まれにくい(したがって賃金の高い日本国内でも雇用を維持しながら競争が可能)。そしてなんといっても国内に、規模においても、成長率においても、世界の最高レベルの市場を持っているのだ。比較優位のオンパレードである。